白石城

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白石城 施設情報 口コミ

白石城(別名:益岡城、桝岡城)は、白石市の中心部(益岡公園)にあった平山城です。
仙台藩の南の要衝であり、関ヶ原の戦い後、明治維新までの260余年間、伊達家の重臣片倉氏の居城となりました。
明治7年に解体されましたが、伊達政宗の片腕として名をはせた片倉小十郎景綱の偉業を偲び、平成7年に三階櫓(天守閣)と大手一ノ門・大手二ノ門が史実に忠実に復元されました。

復元までの流れ

【石を積む】

階櫓(天守閣)の石垣積みは「根締め式」から始まった。平成5年1月、寒風の中、重さ3t、直径1mほどもある根石(石垣の一番下の石)がクレーンを使って北西角に据えられた。

白石城三階櫓(天守閣)の石垣は、野づら積みという古い石垣の積み方を用いている。つまり、石をほとんど加工しないで積み上げる方法で、以後、打ち込みハギ、切り込みハギと精巧になる。

蒲生時代の産物といわれるゆえんでもある。石垣の復元で野づら積みを採用したのは、全国でも白石城が初めててある。

【木を組む】

正倉院に代表されるように、檜は日本が生んだ最高の建築材料である。1000年を超える風雪に耐える材料はこれ以外にはない。

白石城が今世紀最後の復元だろうといわれる理由は、良質の檜の大木がもう手に入らないからである。たとえば、復元工事で最も太い柱は、大手二ノ門の柱で約60cmもの太さになる。檜は芯の部分を避けて使われるから、直径120cm以上の檜が必要になってくる。二ノ門では結局、樹齢1000年以上の台湾檜が使われた。

【壁を塗る】

白石城の左官職人は山形から来た。山形城大手門や山形大学工学部といった重要文化財を手がけたベテランたちである。

城壁は「竹小舞」といって、壁の芯にあたる部分を竹木で組み、土壁を塗る昔ながらの方法で作られた。

竹小舞は太さ3cm、長いもので3.7mの青竹を、10cm間隔に井桁に組み、シュロ縄で結んでいく。その結び目に縄を下げ、1回目の壁塗りに入り、下げた縄の一本を土壁と一緒に塗る。これを表・裏それぞれ9回塗り上げる。

【瓦を茸く】

白石城の瓦は岐阜県坂祝町で焼かれた。耐寒性に優れたいぶし瓦で、軒丸瓦は言わずと知れた伊達の家紋・三ッ引両だ。発掘調査で出土した瓦を忠実に復元して使われた。軒丸瓦も含め、白石城で使われた瓦は全部で約43,000枚にもなる。

平成6年7月、白石城瓦一枚運動に寄与した市民ら約1,700人が、平瓦に墨やマジックで自分の名前や将来の夢を書いた。瓦職人は砂を混ぜた漆喰で固定しながら三階櫓(天守閣)に1枚1枚ていねいに葺いた。

【開館時間】

4月~10月 9:00~17:00
11月~3月 9:00~16:00
※入館は閉館の30分前まで

【休館日】

12月28日~12月

料金

大人…300円

こども…150円


トイレ駐車場自動販売機





白石城 交通

JR白石駅より徒歩15分

白石城 アクセス

宮城県白石市益岡町1-16

宮城県白石市益岡町1-16
白石城 公式HP 問い合わせ先

白石城白石城
お問い合わせ 0224-24-3030


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